5/18クリ沢フェス
蘆田さんとキャッチボール2本
一日の終わり。すっかり夜色に染まった空に星が瞬き始めた頃、パシンパシンとリズムを刻むキャッチボールの音が響いてくる。
自販機の灯りだけのぼんやりとした薄暗い中で、距離を置いた二人の間を白いボールが弓形に行き来する。
「えへへ」
ミットをはめた手にパシンとおさまる白いボールをしっかりと握りしめて、ふにゃりと顔を弛めて沢村が笑みを零す。
その笑みに気がついて、クリスがちいさく小首を傾げる。
「何か可笑しいのか?」
穏やかなクリスの問いかけに、顔を少々赤らめた沢村がぶんぶんと頭を振る。
「なんでもないっス!」
指先にボールを握りしめて、沢村がクリスに向かって緩く投げる。その球を、クリスが胸元で受け止める。クリスがミットにおさめたボールを指に握り返して、そうして沢村に投げ返す。沢村がクリスから投げかえされたボールをミットで受けとる。そうしてまた、沢村の投げるボールを待っているクリスに投げる。特別なことはなんにもない。ときどき他愛無い会話を混じらせて、二人の間を白いボールが行き来する。その繰り返し。
一日の終わり。こうして一緒にいられる時間が少しでも長く、続けばいい。
play catch
少しでも長く、続けばいい。
そう思うのはやはり、続かないことを知っていたからだった。
ダウンするぞと声をかけられ、沢村は返球されたばかりのボールをやわく握り直した。
「キャッチボールっすか?」
「キャッチボールだ」
ゆるい送球を捕まえたミットの軽い音に、沢村はまた何かを堪えているようなぎこちない笑みを見せる。グローブとミットを白いボールが数度往復する間も無理をした表情は変わらず、クリスは一度ボールを捏ねてから返球した。その無言の問いかけが分からないほど、沢村も幼くない。相手が、クリスだからこそ。沢村が無言でいる時に、こうしてやってきてくれるクリスだからこそ。
九月に入ったとはいえ、夜の暑さはまだ重く肌にまとわりつき、二人の手のひらはじっとりと汗ばんでいる。沢村はシャツの裾で荒っぽく左手を拭いてからボールを握った。
「なんでもないっスよ」
弧を描くようにしてボールがミットに収まる。
「先輩が来てくれたから、なんでもなくなったっス」
その、口角がにいっと上がる笑い方を見て、クリスはようやくボールを宙に放った。
キャッチボールが、そのまま続く。一日はまだ終わらない。
play catch 2014/05/18
おきおと→蘆田
クリス先輩の手の平の感触を、知っている。初めて腕を掴まれ握られたとき(ご丁寧にも、右腕だ)、潰されるんじゃないかってくらい強く握られた痛みの向こうで、指の付け根の部分がひどく硬いことに気が付いた。人間の手の平で一番柔らかいはずのところだ。ここが硬い男は、よく働く男だ――って、じいちゃんが言っていた。とはいえ、そんな言葉を思い出すようになったのは、もっとこの人に触れられることが増えてからだけども。先輩は俺の指を長いと言ったけれど、先輩の指だって、いや、長いというより手の平全体が大きい。触れられて、調べられて、同じ温度に混じり合うと、本当に包み込まれているみたいな気分になるんだ。
指先から伝わってくるものが多すぎて。
だから、もっと別のところを、触りたいだなんて(触られたいだなんて)、絶対に言えない。
sympathy
沢村の指の感触を、知っている。初めて手を合わせ握り込んだときに感じた柔らかな皮膚の感触。触れると表面は少し冷たくて、手のひらの真ん中が熱かった。細いけれどしっかりとした指つき。投手らしくボールを投げる左手の指先の皮膚は、硬い。
肉刺は、そうか、中指の腹と薬指の横にできやすいのか。ボールの縫い目がかかる部分。なるほどお前の手を感じればお前の投げる時のクセがどことなく伝わってくる。お前の心を知ることができる。
指先をとおして、
手のひらをとおして
ふたりの気持ちが 共鳴する。
sympathy 2014/05/18
蘆田→おきおと
