ワルター&ヨナタン
心が囚われて離れられないことを執着という。
(この僕が?)
有り得ない。自由奔放と言えば聞こえはいいが、無責任無計画考えなしに行動しては行き当たりばったりで
(でも)
彼は彼なりの信念を持っていて誰にも囚われない自由な心がほんの少し
「…気になるだけだ。振り回されてなどない」
>愛に近い執着
ちょっとした悪戯っていうか。
カッコつけて手の甲じゃなくて手首にキスした。
そこまでは良かった。
薄く残った赤い痕に、アイツが顔真っ赤にしてぷるぷる震えるだなんて、思わないだろ普通。
ちょっと怒った顔が見たかった。それだけだったのに。
…お、俺が悪かった。
なんで謝ってんだ、俺。
フリン
そこは、記憶の中の白く濃い霧に閉ざされた森に良く似ていた。
見上げれば鬱蒼と生い茂る木々の枝葉が白く濁る空に灰色の影を滲ませている。足元に目を向ければ踝ほどの背丈の草が白く立ち込めた煙霧に混じるように生えていた。土の色はどこか灰がかっていて、空は白い霧が雲のように覆いつくし目を凝らしてもその本来の色をみることは能わない。
すうと息を吸い込むと鼻孔を通して湿度の高い冷たい空気が肺に流れ込む。不快とまではいかないが、胸に重くのしかかる霧そのものが体内に流れ込んできた感覚に、僅かに顔を顰めた。
一歩、二歩、とゆるゆると歩みを進める。
ただ前進するだけだ。宛てなどない。ときおり、草を踏むのか土の上を歩く靴底の音に混じってくしゃりと音がする。なぜこのような場所にいるのかもわからない。変わりばえのない景色と、まとわりつくような湿度の高い濃霧。どれほど歩いただろう。身体は疲労を訴えどことなく怠く頭も、重い。
瞼が重く閉じ、一瞬、視界が閉ざされる。上がってきた息を整えるかのように深く息を吐きだし、瞼を開けて顔をあげる。
息が、止まった。
木立の幹が並び立つその間隙。揺らめく濃淡の霧に見え隠れするように背中合わせに地べたに座り込む二つの影は、確かに腰に同じ刀を携え、濃紺のジンバオリを身に纏ったサムライ衆姿のまま、共にあったときの二人の姿のまま。
ときおり何か会話を交わす素振りがみえる。ポツリ、ポツリ。ひとりは真っ黒い短髪に指をすべらせ、短気そうにガリガリと頭を掻いている。小難しい話をしているのかもしれない。もうひとりは顎に指をかけ慎重に一言一言選ぶかのようにその形の良い唇が動いている。
そうして本当にときどき、紫と茶色い眼が合う。お互いの顔を5秒ぐらい無言で見合わせて、軽く唇を尖らせて、ついと視線を逸らしてしまう。
憶えのある2人の仕草。喧嘩してるときは、いつもそんなふう。
仲直りの切っ掛けを掴めずに、結構長い間そんなやり取りを繰り返してる。
だから俺が、イザボーが、切っ掛けを作ってあげるんだ。あの二人は負けず嫌いでいつまでも子供みたいに素直になれないところが似た者同士。本人たちに言ったらこれまた声を揃えて抗議してくるけれど。
そんな二人が、目の前に、いる。
俺の知ってる、二人が、すぐそこに。
走れば、手を伸ばせば、届く、距離に。
その二つの影の二つの名を、
その影にあらんかぎりの力で指を伸ばしかけるのを、
もう、何度も。
何度も、夢見ている。
