ナバール
私には、友がいる。
一風変わった男だ。男と言っても身体が大きく屈強な猛者ではない。長いまっすぐな黒髪を女のように腰のあたりまで伸ばし、頭のてっぺんでひとくくりにしている。ほっそりとした顔も身体も引き締まった男のそれで間違いはないが、どこか柔和な顔つきは時折長い前髪と相まって女性のような穏やかさを感じさせることもある。しかしだからといって線の細い、どこか頼りなげな優男かといえばそうでもない。どういえばいいのか。
背は人並み程度、高いというわけでもなく、低いとも言い難い。初めて会ったとき彼は青いロングコートに白い衣服を身に着け、腰には刀を佩いていた。左腕には見慣れない機械のようなものをはめ、時折その機械に話しかけるような素振りもあった。仕組みなど全く解らないが、それは通信できる機械なのだと後から教えてもらった。そんな彼は身なりのきちんとしたどこかの貴族のようにも思えた。今、彼は質素な衣服に身を包んでいる。彼と同じく青いコートを着ていた人々も倣うようにみな同じように質素な装いだ。あの立派な衣装はきっと特別なときに着る衣装であったのだろう。そうでなければこの胸に風にひらめいた青色に、憧れのような畏怖のようななんともいえない気持ちを感じることもないはずだから。
彼の歳の頃は、そうだおそらく私と大して変わらない。若者といっても、大人と呼ぶにはまだまだ若い。私よりも少し幼い感じもするので、まだ少年と言っても差し支えないかもしれない。の、割にはどこかどっしりと落ち着いているような、大人びたというよりは大人しい感じが彼からする。
口数の少なさも彼をそう見せるのだろう。彼はただ、まず誰かの言葉に耳を傾ける。それから発言する性格を持っていて、口を開けばそれなりにお喋りだし楽しい語らいも冗談も言う。どちらかというと付き合いやすいさっぱりとした人物だ。大声でガサツに笑ったり野蛮で乱暴な言葉や行動をするわけでもない。そう、物静かな男なのだ。彼は。
日々が酒場の喧騒のような血気盛んで騒々しい人物が苦手な私としては、そんな彼の湖面のような穏やかさをとても気に入っていて、そんな彼と接していると自分の恐れや不安に揺らぎやすい心さえも穏やかに凪いでいくのがわかる。どういうわけかこれまで関わってきた人たちとの記憶を失い、気がついたらここ、東京と呼ばれる場所に居た私に彼は落ち着いた居心地の良い空気をくれる。語らずともただ隣に座っているだけで何かが満たされるような温かさを、彼は持っているように思う。
そういえばこのことにはさすがの私も度肝を抜かれたのだが、実は彼はとても腕っぷしが強い。何をどう鍛えればあのように華麗な剣捌きができるようになるのかと我が身の危険をつい忘れて感嘆の息を漏らしたほどだ。陽の落ちかけた街の一角で悪漢に絡まれた私を彼は身を挺して守ってくれた。その一閃の鮮やかさ。素早い身のこなし。もしあれが本物の銀光りする真の剣であったのなら、私の目に夕日を弾いた光がキラリと美しく焼きついたことだろう。残念ながらその辺に落ちていた木の棒であったけれどその技量の高さは疑いようもない。相手を射すくめる凛とした眦は射抜くほど鋭く、普段の柔和な雰囲気がこのときばかりは怒りに尖り守ってもらっている私でさえゾクリとするほどだった。
危機が去り、彼に礼を言った後どこで剣術を学んだのだねと興奮気味に尋ねると彼は表情をいつものそれに戻し、困ったように笑って特別に学んだわけではないけれど、強いて言うなら経験かな、とはにかんだ。
修羅場慣れしてるだけだよ。彼の生い立ちなど知らぬ私はその言葉を彼なりの冗談にも捉えたが、あとからよく考えれてみれば本当に彼は幾度もの修羅場をくぐってきた猛者なのかもしれないと思うようになっていた。
あの悪漢に向けた鋭い目つき。木の棒を剣に見立てて構えたあの気迫。
私は剣も銃もこの細腕にはずしりと重く感じられて恐ろしいもののひとつとして思っているので振り回すことも構えることも腕がブルブル震えて仕方ない。むしろ持たなくていいのなら持ちたくはない。
けれど。
君のようにとはいかないが多少剣術が扱えるようになれば我が身だけでなく万が一、悪魔や悪漢に襲われた際、私は君が危機を脱する助けになれるのではないだろうか。私はそうある自分がとても良いと思うのだ。どうかね友よ。
にこやかに満面の笑みを浮かべて差し出した木の棒を初めはぽかんと見下ろして私の言葉を聞いていただけの彼は、けれどすぐに微苦笑してこう言った。
俺は厳しいよ、ナバール。
かくして私と友は暇を見つけては語らい、ときに木の棒を打ち合わせて剣術の練習をする仲にある。
私としてはそんな彼と今では生涯の友でありたいとさえ願っている。
彼は私の命の恩人だ。
そしてかけがえのない友だ。
彼も私のことを良く気にかけてくれる。彼とは親しい友人だというイザボーという名の女性が、私を時折じっとりと嫉妬まがいに睨みつけるほどに、だ。そんな視線を感じるとき私はどこか優越感に満ちた心地になるのだが、それが更に彼女は面白くない様子でむっすりと顔を膨らませて、ちょっとナバール貴方フリンにくっつきすぎではなくて、とお小言を口にすることもしばしばだ。
彼とイザボー君が私を訪ねるようになってきてから、私の東京での生活は一転、少々賑やかで楽しいものになった。
私には友がいる。
一風変わった男だけれど、頼もしく心強い友だ。
続きはそのうちゆっくりと
