Sample
「このしたやみ」より抜粋
そこは暑いか、秀吾。
真上から降り注ぐ太陽の熱さも、グランドの土からゆらゆらと湧き上がる熱気も、陽射しが遮るベンチにいても半端じゃねえもんな。
吹き出す汗も、肌を刺すほどに感じる熱も、暑くて暑くてたまらなくて笑いが込み上げてくるほど。
去年までは普通に感じていたものだった。
今年はこうして家の中の一番涼しい場所で、学校から出された山のような課題を週末はコツコツとこなしていく日々を過ごしている。
高校野球に興味がなかったわけじゃない。けれど捨てられるくらいのものだったことは確かだ。
海音寺はしつこいくらい戻れって言ってきたけどな。
それでも、こうしてお前がいるその中へ混ざりたいとは、思わねえんだよ。
引き受けることになった横手二中のコーチも、余裕があるときだけでいいと言われている。もちろん、嵌ってする気は、今でもない。瑞垣俊二なりの、落とし前の付け方、なんて。そんなお綺麗で都合の良いものであってはいけないだろう。
テレビがスコアボードを映した。
「…負けよる」
香夏が露骨に悲しげな声をはいた。
「お兄ちゃんが冷たいから」
「言いがかりだろ」
「今、七回だから、あと二回か…あと一回くらい秀吾ちゃんに打席まわるよね。逆転できるかな、な」
「野球の神様にでも聞いてください」
打席に立ては必ずホームランを打つわけではないのだ。門脇に限ってではない。そんなの、誰だって打席に立ってみなければわからない。打席に立って、ボールを投げられなければ。
こうしてテレビの画面を通しているというのに、まだ心がざわつくのを感じる。
(ここで負けたら)
このまま負けたら、またお前は泣くのか、秀吾。
ふ、とそんなことを思っている自分に気がついて愕然とした。
